広いとか、狭いとか

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 現在、国宝にしていされている茶室は三棟あります。その中で唯一、千利休の作と伝えられている茶室が京都府大山崎町にある「待庵」です。中に入ることはできませんが、外から内部を覗き込む形での見学は許されていて、往復はがきによる申込みというちょっとしたハードルを越えれば、誰でも見学することができます。先日、その小さなハードルを飛び越えて千利休の世界を覗いてきました。

 待庵は臨済宗東福寺派に属する妙喜庵の一部となっており、住職の案内に従って対面することになります。第一印象は「小さい。」想像していたよりもずっと小さく、パリ郊外に住む友人宅の庭にあった子供用の遊び小屋を思い出しました。ところがその印象はすぐさま消え去り、今度はどんどん空間が膨らんでいくように感じるのです。これは初めて体験した感覚でした。写真撮影が禁じられているために、目に焼き付けようとじっと内部を覗き込んでいたから余計にそのように感じたのかも知れませんが、空間に飲み込まれるような感覚があります。素材の選択、天井の形態、入隅の処理などなど、デザイン的な観点からその印象をもたらしたものは何か、考えることはできそうです。しかし、ここで私が大切に思うのは、物理的には小さく動かない空間が私の頭の中では膨らみ飲み込もうとしてきたという点です。

 新築マンションの間取りをディベロッパーが決定するとき、例えば寝室が7.9帖よりも8.0帖と表示される方が高く売れるために、壁の位置を少しズラすことがあると聞いたことがあります。数字は分かりやすく誰でも面積の大小の判断をすることができますが、私たちは数値上の面積に囚われ過ぎてはいないでしょうか。広いとか、狭いとか、感じるのは人間の脳みその中で空間の様々な部分が影響しあった結果です。物理的な面積も大切なパラメーターのひとつではありますが、そこに固執し過ぎてしまうとデザインの可能性を狭めてしまいます。新たに住宅やその他の建築物を探すとき、新築するときにはこのことを心に留めていただくと数字が弾き飛ばした物件やデザインの中に、理想としていた空間を見つけることができるかも知れません。

© Ikeda Hisashi Architects  2015-2018