【月イチ エッセイ】微地形
とある食堂のリニューアルの相談を受けた。
広い空間にテーブルと椅子が整然と並ぶ学生食堂や社員食堂のような場所を、居心地が良く、コミュニケーションが促される場にしたいという依頼だ。
そもそも、なぜ“食堂”はソワソワしてしまうのだろう。あの所在のなさはどこからやってくるのか。
芝生広場でピクニックをすることがある。レジャーシートを広げる場所は重要だ。「ここをキャンプ地とする」と決めるのは、木陰や、ちょっとした傾斜の始まり、腰掛けられる段差だったりする。広場のど真ん中を選ぶことはまずない。
人は、なんとなく“良さそうな場所”を選んでいる。広々とした空間は歩いたり走ったりするには気持ちがいいが、腰を下ろして過ごすには少し心許ない。
今回の食堂は、集会にも使われるため、床の段差や間仕切り、衝立のようなものは設けられない。つまり物理的に空間を分けることはできないという条件だった。
手を加えられるのは天井と床に限られる。床レベルはフラットなままにする。そうすると、残るのは天井だった。吸音材は必要になる。その配置で、空間に“ムラ”をつくれないかと思った。
ふと、芝生広場での記憶が浮かぶ。キャンプ地の第一候補は、木陰だ。
天井に雲のような吸音材を浮かべ、床にはその影のような模様を描く。そうすることで、空間の中に見えない凹凸のようなものが立ち上がるのではないか。
ただ、内部で完結するインテリアでは面白くないし、何よりあの芝生広場のような心地よさを得ることは難しい。この食堂は角部屋で、南と西に大きな窓があった。光の方向がある。影は北東に落ちる。
天井の吸音材をなぞった床の影を北東方向に600mmずらして配置した。
このささやかなズレが空間に微差を生み、それぞれ異なる居心地の良さをもたらすことができたなら、均質空間の所在なさに対するひとつの応答になりうるだろう。
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