【月イチ エッセイ】嘱託の先生
今年小学生になる娘の入学式は、雨の降る風の強い日だった。「入学式」の看板には、たくさんの新一年生と保護者が列をつくる。強風をいなすように傘を操り、順番を待つ。前の人のカメラマンになり、後ろの人の被写体になる。保護者同士の連携プレーだ。写真の私はボサボサ髪のいいおじさんだったが、主役はよく撮れていたのでヨシ!としよう。 体育館には、お馴染みの薄緑色のシートの上にパイプ椅子が整然と並んでいる。30年前から変わらぬ光景だ。緊張した面持ちの新一年生に、司会の先生が優しく声をかける。3日前に参列した大学の入学式では、学生たちを鼓舞するような挨拶が続いたが、校長先生の挨拶は、通学路の写真を両手いっぱいに広げ、交通安全についてのお話だった。形式よりも子どもの安全を願う、祝福の言葉だった。 子どもたちが担任の先生を先頭に退場する。その時、校長先生よりもベテランの先生が、子どもたちの誘導を手助けしていた。きっと退職後に、若手の指導や教職のサポートをしている嘱託の先生だろう。 私の父は長らく小学校の教頭先生を務め、定年後は嘱託の先生として働いていた。娘が1歳になる10日前に、癌のために亡くなってしまったが、闘病中も小学校に通っていた。教頭として働いている頃には、ストレスからよく鼻の中におできをつくっていたが、嘱託の先生という現場仕事はやりがいもあったのだろう、とても生き生きしていたのを覚えている。ちょうどコロナ禍の最中ということもあり、葬式に人を呼ぶのは憚られたので、前夜式での献花だけ参列者に来ていただくことにした。そこには私の想像を超える人が集まり、涙を流していた。父の知らない一面、後輩に頼られ、慕われ、愛されていた姿を垣間見た。 そして、入学式で触れた小学校の優しい空気。親になって初めてわかるこの空気。この空気の中で、父は働いていたのだなと。ああ、父はこんなにも尊い仕事をしていたのだと知った、春の一日だった。