2026 4月
大阪府茨木市を拠点に関西全域および全国各地で活動する一級建築士事務所です。
-1
archive,date,wp-theme-stockholm,wp-child-theme-stockholm-child,qi-blocks-1.4.7,qodef-gutenberg--no-touch,stockholm-core-2.4,select-child-theme-ver-1.1.2,select-theme-ver-9.6,ajax_fade,page_not_loaded,menu-animation-line-through,,qode_menu_,wpb-js-composer js-comp-ver-6.13.0,vc_responsive

【月イチ エッセイ】嘱託の先生

今年小学生になる娘の入学式は、雨の降る風の強い日だった。「入学式」の看板には、たくさんの新一年生と保護者が列をつくる。強風をいなすように傘を操り、順番を待つ。前の人のカメラマンになり、後ろの人の被写体になる。保護者同士の連携プレーだ。写真の私はボサボサ髪のいいおじさんだったが、主役はよく撮れていたのでヨシ!としよう。 体育館には、お馴染みの薄緑色のシートの上にパイプ椅子が整然と並んでいる。30年前から変わらぬ光景だ。緊張した面持ちの新一年生に、司会の先生が優しく声をかける。3日前に参列した大学の入学式では、学生たちを鼓舞するような挨拶が続いたが、校長先生の挨拶は、通学路の写真を両手いっぱいに広げ、交通安全についてのお話だった。形式よりも子どもの安全を願う、祝福の言葉だった。 子どもたちが担任の先生を先頭に退場する。その時、校長先生よりもベテランの先生が、子どもたちの誘導を手助けしていた。きっと退職後に、若手の指導や教職のサポートをしている嘱託の先生だろう。 私の父は長らく小学校の教頭先生を務め、定年後は嘱託の先生として働いていた。娘が1歳になる10日前に、癌のために亡くなってしまったが、闘病中も小学校に通っていた。教頭として働いている頃には、ストレスからよく鼻の中におできをつくっていたが、嘱託の先生という現場仕事はやりがいもあったのだろう、とても生き生きしていたのを覚えている。ちょうどコロナ禍の最中ということもあり、葬式に人を呼ぶのは憚られたので、前夜式での献花だけ参列者に来ていただくことにした。そこには私の想像を超える人が集まり、涙を流していた。父の知らない一面、後輩に頼られ、慕われ、愛されていた姿を垣間見た。 そして、入学式で触れた小学校の優しい空気。親になって初めてわかるこの空気。この空気の中で、父は働いていたのだなと。ああ、父はこんなにも尊い仕事をしていたのだと知った、春の一日だった。

京都芸術大学 専任講師に着任しました

本日、2026年4月1日より、京都芸術大学 通信教育部 環境デザイン学科 建築デザインコースの専任講師に着任いたしました。 これまで実務の中で積み重ねてきたことを、教育というかたちで別の回路に接続していく機会をいただいたと感じています。 設計について考えてきたことを、通信教育という場の中であらためて見つめ直し、 学生とのやりとりの中で、その都度言葉にしていければと考えています。 実務についても、これまで通り継続いたします。 設計事務所としての活動と教育の場とを往復しながら、それぞれを更新していくつもりです。 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。