【月イチ エッセイ】1:1
図面やCGでは伝えきれないことがある。難しい納まりでも、壮大な構想でもない。それでも、図面やCGでは表現しきれないのだ。
進行中のプロジェクトでは、それは階段のディテールだった。踏板を蹴込板から20mm出す。ただそれだけのこと。言葉にすれば簡単なのだけれど、その効果を説明するのは至難の業だ。
設計者として意図したのは、メンテナンス性とコストを考慮し、構造体に仕上げを加えるのではなく、素材の組み合わせ自体が意匠となるような階段である。エッジがシャープに現れ、そこに影が生まれ、物と物のありようが素直に立ち現れてくる。そのためには部材同士にほんの少しズレをつくる必要があり、しかもその工夫は使い勝手の向上にも寄与する。そういうことなのだが、これはなかなか言葉では伝わらない。やはり、物として見せるほかないのだ。
言葉は、すべてを表現できるようでいて、そうではない。ここ数年、「言語化」できることが高く評価される時代になったように感じる。学生のエスキスチェックをしていると、まず言葉から考え、空間を立ち上げようとする人がいる。これはなかなか難しいルートだ。
空間を分析し、その結果を言葉で語れることは重要である。なぜなら、空間や世界を観察し、そこに現れている状況を生み出している構造を読み解き、その結果を他者へ伝える際、言葉は多くの人に共有されるコミュニケーションツールだからだ。つまり、本来は実態があり、それを観察し、構造を読み解き、最後に言葉にするという順番なのだと思う。
一方で、言葉から空間を立ち上げようとすると、その順序は逆転する。求める空間への道のりを、どこか遠回りしてしまうのだ。
いくら言葉を尽くしても伝わらない機微も、模型を使えばクライアントに理解してもらえることがある。それは、模型によって空間そのものへ直接目を向けることができるからだろう。
件の階段は、すでに鉄工所での製作に着手している。さて、部分ではなく全体が1:1で立ち上がったとき、そこにはどのような空間が待っているのか。想像を超えるものであってほしい。
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