池田久司
大阪府茨木市を拠点に関西全域および全国各地で活動する一級建築士事務所です。
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【月イチ エッセイ】薄っぺらな嘘

『HUNTER×HUNTER』(以下、H×H)のコミックスシリーズが1億部を突破したそうだ。1998年に連載が始まったというから、私が高校生の頃から続いていることになる。『H×H』には、ヒソカ=モロウという人気キャラクターが登場する。敵か味方か分からない不気味な存在で、物語の初期から最新刊に至るまで底知れない強さを見せ続けている。彼の能力の一つに「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」というものがある。どんな平らなものにも本物そっくりの見た目を貼り付けられる能力で、顔に貼って変装したり、傷や刺青を偽装したり、トランプの柄や文字を書き換えたり。いかにもジョーカーらしい、人を欺く能力だ。 さて、建材である。建築の仕上げ材の世界は、まさにヒソカたちがしのぎを削る世界だ。壁紙やフローリング、床シートのカタログを開けば、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」が溢れている。木目や石目を印刷しただけのものもあれば、細かな凹凸まで再現したものもある。スーパーへ行けば食料品の値上がりにため息が出るが、建築費の高騰はそれ以上だろう。10年前には坪70万円ほどだった木造住宅も、今では120万円を超える勢いだ。「できるだけコストは抑えたい。でも質感は妥協したくない。」そんな切実な思いに応えるように、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」は建築の世界にも浸透している。 しかし、私はできるだけフェイク建材の採用は避けたいと考えている。なぜだろうか。それは、クライアントにも建築にも、薄っぺらな嘘をつきたくないからだ。表層の0.1mmが本物の石や木に見えたとしても、触れればその冷たさや硬さ、温かさや手触りは違う。人は空間を目だけで味わうのではなく、全身で経験している。だから私は、視覚だけを切り離して空間を考えることに違和感を覚えるのである。そんなことを考えていると、建築家ルイス・カーンの有名な言葉を思い出す。 「あなたは煉瓦にこう問いかけます。『あなたは何になりたいんだ』と。煉瓦は答えます。『私はアーチが好きだ』。」(『ルイス・カーン建築論集』前田忠直訳、鹿島出版会、1992年、p.8) 素材や建築は言葉を発することはない。しかしカーンは、その「沈黙の声」を聞くことから建築を構想したという。現代でも、レンガや石、無垢材だけで建築をつくることはできるだろう。しかし、そのような理想的な建築を実現できる人や状況は限られている。工業製品を全く使わずに建築をつくることは現実的ではないと言える。また、ときには空間を演出する「味付け」として、それらが欠かせない場面もあるだろう。だからこそ私は、工業製品を否定するのではなく、その素材らしさを大切にしたい。塩ビなら塩ビの、メラミンならメラミンの声を聞く。本物の石や木のふりをさせるのではなく、その素材が素材として正直でいられる建築をつくりたい。 それが、素材に薄っぺらな嘘をつかせない建築なのだと思う。

【月イチ エッセイ】延長戦

本当にあれでよかったのか。帰りの車の中で、モヤる。 現場監督、鍛冶屋と頭を寄せ、ああでもない、こうでもないと考えた納まり。その道のプロフェッショナルとの打合せは、蓄積された経験からの意見に新たな視点を得られ、一人で悶々と進める検討よりも建設的だ。手摺にワイヤメッシュを固定する。ただそれだけ。言葉にすると実に簡単そうに聞こえる、このディテール。検討以前の想像の段階ではそう思っていた。しかし、スケッチを描けば矛盾が見つかる。建築とはそんな営みだ。 プロ達との打合せは一応の方向性を見出したところで解散となった。「ああ、なんとかなりそうだ。」そう思いながら帰路に着くが、頭の中では検討が続く。見付16㎜のシャープな手摺柱は検討の過程で見付が随分大きくなった。本当に、あれでよかったのか。高速を走りながら、頭の中はグルグルと同じところを回転していた。帰宅後、子どもの寝かしつけをしながら、納まりを考える。前提条件を一つずつ確認しながら、疑いながら、部材を前に出したり、引っ込めたり。見た目だけではなく、安全性や施工性も同時に考えなければならない。 延長戦の末、パーツを一つだけ柱の外に出してみた。これでワイヤーとの干渉も避けられ、安全性も担保されそうだ。 正解は一つではないし、そもそも存在するのかもわからない。明日にはまた別の問題が見つかるかも知れない。ただ、誰にも気づかれないような違和感のなさをつくること。それがディテールの本質なのだと思う。 明日は再び、現場監督との打合せである。

WORKSに「塚口のS邸」を追加しました

WORKSに「塚口のS邸」を追加しました。 間口3.7m、奥行16mのL字形敷地に建つ、クライアントと4匹の猫のための住宅です。 910mmピッチで反復する柱と梁が、細長い空間にリズムと透明性を与えています。仕上げや色彩にはわずかな差異を重ね、住まい手の家具や日用品と等価に並び立つように計画しました。 一つひとつの素材や色、かたちが、互いに韻を踏むように呼応しながら、住宅全体としてのまとまりを生み出すことを試みています。

【月イチ エッセイ】1:1

図面やCGでは伝えきれないことがある。難しい納まりでも、壮大な構想でもない。それでも、図面やCGでは表現しきれないのだ。 進行中のプロジェクトでは、それは階段のディテールだった。踏板を蹴込板から20mm出す。ただそれだけのこと。言葉にすれば簡単なのだけれど、その効果を説明するのは至難の業だ。 設計者として意図したのは、メンテナンス性とコストを考慮し、構造体に仕上げを加えるのではなく、素材の組み合わせ自体が意匠となるような階段である。エッジがシャープに現れ、そこに影が生まれ、物と物のありようが素直に立ち現れてくる。そのためには部材同士にほんの少しズレをつくる必要があり、しかもその工夫は使い勝手の向上にも寄与する。そういうことなのだが、これはなかなか言葉では伝わらない。やはり、物として見せるほかないのだ。 言葉は、すべてを表現できるようでいて、そうではない。ここ数年、「言語化」できることが高く評価される時代になったように感じる。学生のエスキスチェックをしていると、まず言葉から考え、空間を立ち上げようとする人がいる。これはなかなか難しいルートだ。 空間を分析し、その結果を言葉で語れることは重要である。なぜなら、空間や世界を観察し、そこに現れている状況を生み出している構造を読み解き、その結果を他者へ伝える際、言葉は多くの人に共有されるコミュニケーションツールだからだ。つまり、本来は実態があり、それを観察し、構造を読み解き、最後に言葉にするという順番なのだと思う。 一方で、言葉から空間を立ち上げようとすると、その順序は逆転する。求める空間への道のりを、どこか遠回りしてしまうのだ。 いくら言葉を尽くしても伝わらない機微も、模型を使えばクライアントに理解してもらえることがある。それは、模型によって空間そのものへ直接目を向けることができるからだろう。 件の階段は、すでに鉄工所での製作に着手している。さて、部分ではなく全体が1:1で立ち上がったとき、そこにはどのような空間が待っているのか。想像を超えるものであってほしい。

【月イチ エッセイ】嘱託の先生

今年小学生になる娘の入学式は、雨の降る風の強い日だった。「入学式」の看板には、たくさんの新一年生と保護者が列をつくる。強風をいなすように傘を操り、順番を待つ。前の人のカメラマンになり、後ろの人の被写体になる。保護者同士の連携プレーだ。写真の私はボサボサ髪のいいおじさんだったが、主役はよく撮れていたのでヨシ!としよう。 体育館には、お馴染みの薄緑色のシートの上にパイプ椅子が整然と並んでいる。30年前から変わらぬ光景だ。緊張した面持ちの新一年生に、司会の先生が優しく声をかける。3日前に参列した大学の入学式では、学生たちを鼓舞するような挨拶が続いたが、校長先生の挨拶は、通学路の写真を両手いっぱいに広げ、交通安全についてのお話だった。形式よりも子どもの安全を願う、祝福の言葉だった。 子どもたちが担任の先生を先頭に退場する。その時、校長先生よりもベテランの先生が、子どもたちの誘導を手助けしていた。きっと退職後に、若手の指導や教職のサポートをしている嘱託の先生だろう。 私の父は長らく小学校の教頭先生を務め、定年後は嘱託の先生として働いていた。娘が1歳になる10日前に、癌のために亡くなってしまったが、闘病中も小学校に通っていた。教頭として働いている頃には、ストレスからよく鼻の中におできをつくっていたが、嘱託の先生という現場仕事はやりがいもあったのだろう、とても生き生きしていたのを覚えている。ちょうどコロナ禍の最中ということもあり、葬式に人を呼ぶのは憚られたので、前夜式での献花だけ参列者に来ていただくことにした。そこには私の想像を超える人が集まり、涙を流していた。父の知らない一面、後輩に頼られ、慕われ、愛されていた姿を垣間見た。 そして、入学式で触れた小学校の優しい空気。親になって初めてわかるこの空気。この空気の中で、父は働いていたのだなと。ああ、父はこんなにも尊い仕事をしていたのだと知った、春の一日だった。

京都芸術大学 専任講師に着任しました

本日、2026年4月1日より、京都芸術大学 通信教育部 環境デザイン学科 建築デザインコースの専任講師に着任いたしました。 これまで実務の中で積み重ねてきたことを、教育というかたちで別の回路に接続していく機会をいただいたと感じています。 設計について考えてきたことを、通信教育という場の中であらためて見つめ直し、 学生とのやりとりの中で、その都度言葉にしていければと考えています。 実務についても、これまで通り継続いたします。 設計事務所としての活動と教育の場とを往復しながら、それぞれを更新していくつもりです。 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

【月イチ エッセイ】微地形

とある食堂のリニューアルの相談を受けた。広い空間にテーブルと椅子が整然と並ぶ学生食堂や社員食堂のような場所を、居心地が良く、コミュニケーションが促される場にしたいという依頼だ。そもそも、なぜ“食堂”はソワソワしてしまうのだろう。あの所在のなさはどこからやってくるのか。 芝生広場でピクニックをすることがある。レジャーシートを広げる場所は重要だ。「ここをキャンプ地とする」と決めるのは、木陰や、ちょっとした傾斜の始まり、腰掛けられる段差だったりする。広場のど真ん中を選ぶことはまずない。人は、なんとなく“良さそうな場所”を選んでいる。広々とした空間は歩いたり走ったりするには気持ちがいいが、腰を下ろして過ごすには少し心許ない。 今回の食堂は、集会にも使われるため、床の段差や間仕切り、衝立のようなものは設けられない。つまり物理的に空間を分けることはできないという条件だった。手を加えられるのは天井と床に限られる。床レベルはフラットなままにする。そうすると、残るのは天井だった。吸音材は必要になる。その配置で、空間に“ムラ”をつくれないかと思った。 ふと、芝生広場での記憶が浮かぶ。キャンプ地の第一候補は、木陰だ。天井に雲のような吸音材を浮かべ、床にはその影のような模様を描く。そうすることで、空間の中に見えない凹凸のようなものが立ち上がるのではないか。 ただ、内部で完結するインテリアでは面白くないし、何よりあの芝生広場のような心地よさを得ることは難しい。この食堂は角部屋で、南と西に大きな窓があった。光の方向がある。影は北東に落ちる。 天井の吸音材をなぞった床の影を北東方向に600mmずらして配置した。このささやかなズレが空間に微差を生み、それぞれ異なる居心地の良さをもたらすことができたなら、均質空間の所在なさに対するひとつの応答になりうるだろう。

土地の選び方

前回の記事では、家づくりの予算の考え方について書きました。要望と予算の整理ができたら、いよいよ土地探しです。 土地は広さや価格だけで判断されがちですが、建築の立場から見ると、もう少し違った見方があります。今回は、建築家が土地を見るときに気にしているポイントを紹介します。 広さと形 土地の広さや形は、建てられる建物に大きく影響します。 一般的には整形地が好まれますが、必ずしもそれだけが良い土地とは限りません。三角形の土地や旗竿地など、一見すると扱いにくそうに見える土地でも、設計の工夫によって魅力的な住まいになることがあります。 土地の形そのものよりも、どのように建物を配置するかによって、住まいの可能性は大きく変わります。 周辺環境 土地そのものだけでなく、周囲の環境も重要な要素です。 例えば、 隣家の窓の位置 道路からの視線 近くの建物の高さ 空や緑の見え方 こうした周辺環境を読み取ることで、光の取り方や窓の位置、空間の開き方が決まってきます。 また、周囲の景色を空間に取り込む「借景」という考え方もあります。敷地の中だけでなく、遠くの緑や空の広がりを視界に取り込むことで、住まいの空間はより豊かになることがあります。 法規条件 土地にはさまざまな建築のルールがあります。 用途地域 建蔽率 容積率 高さ制限 斜線制限 など これらの条件によって、建てられる建物の大きさや形が決まります。 ただし、こうした法規条件は専門的な内容が多く、不動産情報だけでは正確に読み取ることが難しい場合もあります。そのため、土地を検討する際には、建築の専門家に確認してもらうことで、建てられる建物の可能性をより具体的に把握することができます。 敷地の外を見る 土地を見るとき、敷地の形や広さだけに目が向きがちですが、実際には周囲の環境もとても重要です。 隣家との距離や建物の高さ、道路の広がり、遠くに見える空や緑など。建築では、敷地の境界の内側だけで完結するのではなく、周囲との関係を読み取りながら空間をつくっていきます。 そのため、土地を選ぶときには、敷地の中だけでなく、その周囲にも目を向けてみることが大切です。 少し変わった土地という選択 土地探しでは、整形地や条件の良い土地が人気ですが、そうした土地は価格も高くなる傾向があります。 一方で、形が少し歪んでいる土地や高低差のある土地など、一見すると扱いにくそうな土地は比較的価格が抑えられていることがあります。 建築家は、こうした条件を不利な条件としてだけではなく、設計のヒントとして読み取ることがあります。視線の抜けや光の入り方を工夫することで、一見難しそうな土地から豊かな空間が生まれることもあります。 実際に、ハウスメーカーに相談したものの敷地条件の関係で計画がまとまらず、その後ご相談をいただいた住宅もあります。ハウスメーカーは品質やコストを安定させるため、自社の構造や規格を前提として設計することが多く、変形地などでは計画が難しい場合もあります。 そのため、土地を購入してから設計を考えるのではなく、土地を探す段階から建築家に相談することで、選択肢が広がる場合もあります。 まとめ 土地は「良い土地」「悪い土地」と単純に分けられるものではありません。大切なのは、その土地の特徴を読み取り、どのような住まいが可能かを考えることです。 条件を制約として捉えるだけでなく、住まいの可能性として見ることで、土地の選択肢は広がります。 家づくりBASICS シリーズ これまでの「家づくりBASICS」は、こちらからご覧いただけます。 家づくりBASICS #1|家づくりの進め方(全体像) ▶︎[https://ikd-a.com/2025/10/17/iedukuri_1/] 家づくりBASICS #2|家づくりのパートナーの選び方 ▶︎[https://ikd-a.com/2025/12/19/iedukuri_2/] 家づくりBASICS #3|土地探しの前に要望整理 ▶︎[https://ikd-a.com/2026/01/14/edukuri_3/] 家づくりBASICS #4|予算は「決める」ものではなく「使い方を選ぶ」もの ▶︎[https://ikd-a.com/2026/02/06/iedukuri_4/] 順番に読んでいただくと、家づくりを考えるときの整理の仕方が、より立体的に見えてくると思います。

地鎮祭

先日、進行中のプロジェクトの地鎮祭が執り行われました。鍬入れの儀では、鎌・鍬・鋤の道具を使い、設計者・施主・施工者の順に「エイ、エイ、エイ」と掛け声をかけながら三度動作を行い、土地の神様に工事の開始を告げます。トップバッターですので、元気よく大きな声でと思うと、何度経験しても少し緊張します。 さて、本プロジェクトは30名の若者が暮らす社員寮です。この広い空と穏やかな山並みに呼応するような、心地よい場所になることを目指し、日々の暮らしのなかで、張り切らずに自然とコミュニケーションが生まれる住まいを試みています。 年末の竣工に向けて、しっかりと監理を進めていきたいと思います。

【月イチ エッセイ】1年経過

ブログページを振り返ってみると、【月イチ エッセイ】を始めてから丸一年になることに気づく。SNS全盛のこの時代だが、少しピークを過ぎている気もしている。アルゴリズムがアルゴリズム過ぎて、もういいよ、と言いたくなるのだ。私にはアルゴリズム体操くらいがちょうど良いのである。 2年ほど前、インスタグラムを見ていると「頭の大きい人用の帽子」の広告が頻出するようになった。どうして知っているのだろう、私に合う帽子がないことを。「頭 大きい 帽子」で検索をしたことがあっただろうか。記憶にはない。 その夏、私はシンデレラフィットのキャップを手に入れた。 そんな世の中で、わざわざ見に来てもらわないと読んでもらえないブログを始めた。シゴデキなアルゴリズムのいない世界。なんともすっきり、心地の良い空間である。 投稿マメな建築家もおり、それはそれで尊敬しているが、そもそも建築物は施主のものであるし、ジャンジャカ写真をネットに上げることには抵抗がある。そんな訳でSNSの投稿頻度はかなり少ないが、このエッセイは月一の締め切りを設けているためか、なんとか続いている。テーマは自由、なはずだが建築をテーマにした記事が多い点は反省である。本当は人となりを知ってもらいたくて、始めたのだけれど、引き出しの少なさは致し方ない。 ただ、こうして文章を書くというタスクを課すことで、頭の中を整理することには役立っているような気はする。 アルゴリズムは私の頭のサイズを当てたけれど、頭の中の整理まではしてくれないようだ。 そこは月に一度、自分でやるしかないらしい。