池田久司
大阪府茨木市を拠点に関西全域および全国各地で活動する一級建築士事務所です。
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【月イチ エッセイ】身体で読む建築

先日、兵庫県南あわじ市にある「若人の広場」を訪れた。  若人の広場は,、太平洋戦争中に軍需工場などへ動員され、そこで亡くなった動員学徒を追悼し、その記憶を後世に伝えるため1967年に建設された施設である。設計したのは国立代々木競技場や東京都庁舎などで知られる建築家・丹下健三だ。1995年の阪神・淡路大震災によって被災し、長らく閉鎖されていたが再整備を経て2015年に再び開園した。 建築は城郭の石垣を思わせる展示棟と、学生を象徴するペンをモチーフとした高さ25メートルの記念塔によって構成されている。展示棟の内部に入ると、石垣のような壁の上に力強いコンクリートのアーチが連続する空間が現れる。 石垣のような外観の展示棟  ここで気になったのが連続するアーチと記念塔へ向かう軸線の関係である。両者は直交しておらず、約20度の角度がついている。 丹下の代表作である広島平和記念資料館では、資料館から慰霊碑、原爆ドームへと明快な軸線が通り、資料館はその軸線に対して直交している。建築と都市、その先にある原爆ドームまでが一つの構成によって結びつけられている。それと比べると、若人の広場では記念塔へ向かう軸線に対して展示棟の空間が素直に従っていないように見える。なぜこのような構成にしたのだろうか。 天井アーチが壁や床の段差に対して斜めになっている  答えは分からない。 が、実際にその場所を歩いてみると、この20度のずれには意味があるように感じられた。  連続するアーチの下を歩いていると、身体は自然とアーチの方向へ導かれ、動員学徒の遺品や資料が展示された空間へと向かっていく。一方で、そこから少し方向を変えると屋外に立つ記念塔へと意識が向かう。展示を見るための流れと記念塔へ向かう流れがそれぞれ異なる方向を持っているのである。 もしかすると丹下は象徴としての記念塔だけでなく、一人ひとりの動員学徒と向き合う展示空間も大切に扱おうとしたのではないか。そう考えるとこの20度のずれは単なる造形上の操作ではなく、展示空間と記念塔を互いに独立させながら共存させるための仕掛けだったようにも見えてくる。 記念塔へ向かうアプローチにも不思議なデザインが施されている  もう一つ興味深かったのが、展示棟から記念塔へと続くアプローチである。 この道は緩やかな下り坂になっている。それと同時に、展示棟側では狭かった道幅が、記念塔へ近づくにつれて少しずつ広くなっている。一般的な遠近法では近いものを大きく、遠いものを小さくすることで奥行きを強調するが、ここではその反対のことが起きている。 実際に歩いてみると、遠くにある記念塔までの距離が思ったほど長く感じられない。道幅の変化に加えて緩やかな下り坂になっているため、足取りも自然と軽くなる。視覚的な遠近感だけではなく、歩くという身体感覚まで含めて距離が操作されているように感じた。もちろん、帰りは上り坂になるので、行きよりも少し長く感じる。  建築を見に行くと、どうしても形や材料、ディテールに目が向く。しかし、実際の空間では歩く方向や高低差、幅の変化によって、距離や大きさの感じ方まで変わってくる。若人の広場を歩いていて改めて面白いと思ったのは、そうした身体感覚と建築の構成が密接に結びついていることであった。 設計者が実際に何を意図していたのかは分からないし、自分の解釈が正しいとも限らない。それでも、実際にその場所を歩き、自分が感じたことから「なぜ、このようにつくられているのだろう」と考えてみると、図面や写真を眺めているだけでは気づかなかった建築の仕組みが見えてくる。そうやって建築を読み解いていくことも、建築を見る楽しさの一つだと思う。

「塚口のS邸」が『architecturephoto』に掲載されました

「塚口のS邸」が日本を代表する建築系ウェブサイトのひとつである『architecturephoto』に掲載されました。 事務所ウェブサイトとは異なる写真ラインナップとしましたので、ぜひご高覧ください。ご感想やご意見もいただけますと嬉しく思います。 【掲載ページリンク】https://architecturephoto.net/254265/

【月イチ エッセイ】陰がつくる場所

今日は娘の通う小学校の始業式。長い夏休みから日常に帰る日だ。 私が小学生だった平成初期の夏休みは、朝のラジオ体操に始まり、学校のプールに通い、友達と水鉄砲で遊び、と、なんやかんや子どもたちだけで過ごすことの多い毎日だった。 令和はずいぶん事情が違う。暑すぎる気温のために、ラジオ体操もプールもなし。友達は民間学童へ行くし、家に固定電話もなく、子ども同士が連絡を取り合う手段もない。低学年のうちは、子どもの外出に親が付き添うことも当たり前になった。 玄関にランドセルを放り投げて「いってきまーす!」と、そそくさと出掛けていた時代とは大違いである。その分、親の負担も大きくなる。わが家ではどうしても妻に掛かる負担が大きく、頭が下がる一方だ。 それにしても、これだけ暑いと、街のちょっとした日陰のありがたさが身に沁みる。 原初の建築は屋根から始まる、と聞くと、雨を凌ぐためかなと考えがちだが、日差しを遮ることも大切だ。日傘も今や必需品だが、木陰の心地よさには敵わない。信号待ちの人々も、自然とわずかな日陰に集まっている。 考えてみれば、そこでは「影」がひとつの空間をつくっている。 建築というと、屋根や壁、柱といった物理的な形をつくることに目が向きがちだ。でも、夏にはどこに影が落ちるのか、冬にはどこに陽だまりができるのか。そうした目に見えないものまで含めて、場所を考えることができる。暑さがますます厳しくなるこれからの街では、「何をつくるか」と同じくらい、「どんな影をつくるか」が大切になってくるのかもしれない。

【月イチ エッセイ】薄っぺらな嘘

『HUNTER×HUNTER』(以下、H×H)のコミックスシリーズが1億部を突破したそうだ。1998年に連載が始まったというから、私が高校生の頃から続いていることになる。『H×H』には、ヒソカ=モロウという人気キャラクターが登場する。敵か味方か分からない不気味な存在で、物語の初期から最新刊に至るまで底知れない強さを見せ続けている。彼の能力の一つに「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」というものがある。どんな平らなものにも本物そっくりの見た目を貼り付けられる能力で、顔に貼って変装したり、傷や刺青を偽装したり、トランプの柄や文字を書き換えたり。いかにもジョーカーらしい、人を欺く能力だ。 さて、建材である。建築の仕上げ材の世界は、まさにヒソカたちがしのぎを削る世界だ。壁紙やフローリング、床シートのカタログを開けば、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」が溢れている。木目や石目を印刷しただけのものもあれば、細かな凹凸まで再現したものもある。スーパーへ行けば食料品の値上がりにため息が出るが、建築費の高騰はそれ以上だろう。10年前には坪70万円ほどだった木造住宅も、今では120万円を超える勢いだ。「できるだけコストは抑えたい。でも質感は妥協したくない。」そんな切実な思いに応えるように、「薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)」は建築の世界にも浸透している。 しかし、私はできるだけフェイク建材の採用は避けたいと考えている。なぜだろうか。それは、クライアントにも建築にも、薄っぺらな嘘をつきたくないからだ。表層の0.1mmが本物の石や木に見えたとしても、触れればその冷たさや硬さ、温かさや手触りは違う。人は空間を目だけで味わうのではなく、全身で経験している。だから私は、視覚だけを切り離して空間を考えることに違和感を覚えるのである。そんなことを考えていると、建築家ルイス・カーンの有名な言葉を思い出す。 「あなたは煉瓦にこう問いかけます。『あなたは何になりたいんだ』と。煉瓦は答えます。『私はアーチが好きだ』。」(『ルイス・カーン建築論集』前田忠直訳、鹿島出版会、1992年、p.8) 素材や建築は言葉を発することはない。しかしカーンは、その「沈黙の声」を聞くことから建築を構想したという。現代でも、レンガや石、無垢材だけで建築をつくることはできるだろう。しかし、そのような理想的な建築を実現できる人や状況は限られている。工業製品を全く使わずに建築をつくることは現実的ではないと言える。また、ときには空間を演出する「味付け」として、それらが欠かせない場面もあるだろう。だからこそ私は、工業製品を否定するのではなく、その素材らしさを大切にしたい。塩ビなら塩ビの、メラミンならメラミンの声を聞く。本物の石や木のふりをさせるのではなく、その素材が素材として正直でいられる建築をつくりたい。 それが、素材に薄っぺらな嘘をつかせない建築なのだと思う。

【月イチ エッセイ】延長戦

本当にあれでよかったのか。帰りの車の中で、モヤる。 現場監督、鍛冶屋と頭を寄せ、ああでもない、こうでもないと考えた納まり。その道のプロフェッショナルとの打合せは、蓄積された経験からの意見に新たな視点を得られ、一人で悶々と進める検討よりも建設的だ。手摺にワイヤメッシュを固定する。ただそれだけ。言葉にすると実に簡単そうに聞こえる、このディテール。検討以前の想像の段階ではそう思っていた。しかし、スケッチを描けば矛盾が見つかる。建築とはそんな営みだ。 プロ達との打合せは一応の方向性を見出したところで解散となった。「ああ、なんとかなりそうだ。」そう思いながら帰路に着くが、頭の中では検討が続く。見付16㎜のシャープな手摺柱は検討の過程で見付が随分大きくなった。本当に、あれでよかったのか。高速を走りながら、頭の中はグルグルと同じところを回転していた。帰宅後、子どもの寝かしつけをしながら、納まりを考える。前提条件を一つずつ確認しながら、疑いながら、部材を前に出したり、引っ込めたり。見た目だけではなく、安全性や施工性も同時に考えなければならない。 延長戦の末、パーツを一つだけ柱の外に出してみた。これでワイヤーとの干渉も避けられ、安全性も担保されそうだ。 正解は一つではないし、そもそも存在するのかもわからない。明日にはまた別の問題が見つかるかも知れない。ただ、誰にも気づかれないような違和感のなさをつくること。それがディテールの本質なのだと思う。 明日は再び、現場監督との打合せである。

WORKSに「塚口のS邸」を追加しました

WORKSに「塚口のS邸」を追加しました。 間口3.7m、奥行16mのL字形敷地に建つ、クライアントと4匹の猫のための住宅です。 910mmピッチで反復する柱と梁が、細長い空間にリズムと透明性を与えています。仕上げや色彩にはわずかな差異を重ね、住まい手の家具や日用品と等価に並び立つように計画しました。 一つひとつの素材や色、かたちが、互いに韻を踏むように呼応しながら、住宅全体としてのまとまりを生み出すことを試みています。

【月イチ エッセイ】1:1

図面やCGでは伝えきれないことがある。難しい納まりでも、壮大な構想でもない。それでも、図面やCGでは表現しきれないのだ。 進行中のプロジェクトでは、それは階段のディテールだった。踏板を蹴込板から20mm出す。ただそれだけのこと。言葉にすれば簡単なのだけれど、その効果を説明するのは至難の業だ。 設計者として意図したのは、メンテナンス性とコストを考慮し、構造体に仕上げを加えるのではなく、素材の組み合わせ自体が意匠となるような階段である。エッジがシャープに現れ、そこに影が生まれ、物と物のありようが素直に立ち現れてくる。そのためには部材同士にほんの少しズレをつくる必要があり、しかもその工夫は使い勝手の向上にも寄与する。そういうことなのだが、これはなかなか言葉では伝わらない。やはり、物として見せるほかないのだ。 言葉は、すべてを表現できるようでいて、そうではない。ここ数年、「言語化」できることが高く評価される時代になったように感じる。学生のエスキスチェックをしていると、まず言葉から考え、空間を立ち上げようとする人がいる。これはなかなか難しいルートだ。 空間を分析し、その結果を言葉で語れることは重要である。なぜなら、空間や世界を観察し、そこに現れている状況を生み出している構造を読み解き、その結果を他者へ伝える際、言葉は多くの人に共有されるコミュニケーションツールだからだ。つまり、本来は実態があり、それを観察し、構造を読み解き、最後に言葉にするという順番なのだと思う。 一方で、言葉から空間を立ち上げようとすると、その順序は逆転する。求める空間への道のりを、どこか遠回りしてしまうのだ。 いくら言葉を尽くしても伝わらない機微も、模型を使えばクライアントに理解してもらえることがある。それは、模型によって空間そのものへ直接目を向けることができるからだろう。 件の階段は、すでに鉄工所での製作に着手している。さて、部分ではなく全体が1:1で立ち上がったとき、そこにはどのような空間が待っているのか。想像を超えるものであってほしい。

【月イチ エッセイ】嘱託の先生

今年小学生になる娘の入学式は、雨の降る風の強い日だった。「入学式」の看板には、たくさんの新一年生と保護者が列をつくる。強風をいなすように傘を操り、順番を待つ。前の人のカメラマンになり、後ろの人の被写体になる。保護者同士の連携プレーだ。写真の私はボサボサ髪のいいおじさんだったが、主役はよく撮れていたのでヨシ!としよう。 体育館には、お馴染みの薄緑色のシートの上にパイプ椅子が整然と並んでいる。30年前から変わらぬ光景だ。緊張した面持ちの新一年生に、司会の先生が優しく声をかける。3日前に参列した大学の入学式では、学生たちを鼓舞するような挨拶が続いたが、校長先生の挨拶は、通学路の写真を両手いっぱいに広げ、交通安全についてのお話だった。形式よりも子どもの安全を願う、祝福の言葉だった。 子どもたちが担任の先生を先頭に退場する。その時、校長先生よりもベテランの先生が、子どもたちの誘導を手助けしていた。きっと退職後に、若手の指導や教職のサポートをしている嘱託の先生だろう。 私の父は長らく小学校の教頭先生を務め、定年後は嘱託の先生として働いていた。娘が1歳になる10日前に、癌のために亡くなってしまったが、闘病中も小学校に通っていた。教頭として働いている頃には、ストレスからよく鼻の中におできをつくっていたが、嘱託の先生という現場仕事はやりがいもあったのだろう、とても生き生きしていたのを覚えている。ちょうどコロナ禍の最中ということもあり、葬式に人を呼ぶのは憚られたので、前夜式での献花だけ参列者に来ていただくことにした。そこには私の想像を超える人が集まり、涙を流していた。父の知らない一面、後輩に頼られ、慕われ、愛されていた姿を垣間見た。 そして、入学式で触れた小学校の優しい空気。親になって初めてわかるこの空気。この空気の中で、父は働いていたのだなと。ああ、父はこんなにも尊い仕事をしていたのだと知った、春の一日だった。

京都芸術大学 専任講師に着任しました

本日、2026年4月1日より、京都芸術大学 通信教育部 環境デザイン学科 建築デザインコースの専任講師に着任いたしました。 これまで実務の中で積み重ねてきたことを、教育というかたちで別の回路に接続していく機会をいただいたと感じています。 設計について考えてきたことを、通信教育という場の中であらためて見つめ直し、 学生とのやりとりの中で、その都度言葉にしていければと考えています。 実務についても、これまで通り継続いたします。 設計事務所としての活動と教育の場とを往復しながら、それぞれを更新していくつもりです。 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

【月イチ エッセイ】微地形

とある食堂のリニューアルの相談を受けた。広い空間にテーブルと椅子が整然と並ぶ学生食堂や社員食堂のような場所を、居心地が良く、コミュニケーションが促される場にしたいという依頼だ。そもそも、なぜ“食堂”はソワソワしてしまうのだろう。あの所在のなさはどこからやってくるのか。 芝生広場でピクニックをすることがある。レジャーシートを広げる場所は重要だ。「ここをキャンプ地とする」と決めるのは、木陰や、ちょっとした傾斜の始まり、腰掛けられる段差だったりする。広場のど真ん中を選ぶことはまずない。人は、なんとなく“良さそうな場所”を選んでいる。広々とした空間は歩いたり走ったりするには気持ちがいいが、腰を下ろして過ごすには少し心許ない。 今回の食堂は、集会にも使われるため、床の段差や間仕切り、衝立のようなものは設けられない。つまり物理的に空間を分けることはできないという条件だった。手を加えられるのは天井と床に限られる。床レベルはフラットなままにする。そうすると、残るのは天井だった。吸音材は必要になる。その配置で、空間に“ムラ”をつくれないかと思った。 ふと、芝生広場での記憶が浮かぶ。キャンプ地の第一候補は、木陰だ。天井に雲のような吸音材を浮かべ、床にはその影のような模様を描く。そうすることで、空間の中に見えない凹凸のようなものが立ち上がるのではないか。 ただ、内部で完結するインテリアでは面白くないし、何よりあの芝生広場のような心地よさを得ることは難しい。この食堂は角部屋で、南と西に大きな窓があった。光の方向がある。影は北東に落ちる。 天井の吸音材をなぞった床の影を北東方向に600mmずらして配置した。このささやかなズレが空間に微差を生み、それぞれ異なる居心地の良さをもたらすことができたなら、均質空間の所在なさに対するひとつの応答になりうるだろう。